雑感191 |
持っている性格 これは本当に変えにくい
良い性格なら良いんだけどね
もうシニアにでもなればガチガチ^^
管理人もわがままなままであちらに逝く
かなりの法則が悟れていてでさえ
「聖人とは何も貯め込まない人のことなのです
聖人とは ことごとく他人の為の事をするのに
さらに聖人は多くのものが与えられます
聖人は多くのものを人に与え尽くしますが
さらに聖人は多くのものを持たされます
法則とは利益を与える一方であり
害を与えることが ありません」
「持たされます」 この言葉一つ考えてみても
聖人とは何も望んでいないというのが わかる
真似は出来ないけど
良心に基づいた行いが道徳
良心に従わず煩わしい事から逃げ楽をして
その人が死にゆく時に良い人生だった
とは思わないだろうね
もうここまで来ているから
この事は意識しておこうね
苦しい時期はみんなあるよ 当たり前すぎる
その時良心を捨てたら どうなるか
今がその時かも しれない
「困ったこと思い通りにいかぬ事があるとすれば
自分に欠陥が あるからだ と
思わねばならぬ
何か悩みや不幸にあうのは その時
持っている心持ちが 良い心持ちで
ないからである
何か我の働きが強かったからである
それ以外は絶対に ない
自分から出たものが自分に返る
商売も結婚も固い問題も人生百般
この原理に基づく
自分の不幸や病気は何から生まれたか
これを霊魂学で調べると 全て ある霊魂の
仕業である
しかし何がその霊魂を働かせたかというと
本人の心の波長である
宿命というものが宇宙の大機構の中で重大な
要素を占めて いるのです
これは運命と自由意志とという相反する2つの要素が
絡み合った複雑な問題ですが2つとも事実です
下等な欲望や感情もあればあなたの個的存在の源で
ある神的属性も秘められているのです
そのどちらが勝つか その戦いが人生です
正と邪の戦い
地上に生まれてくるのは その試練に身を
さらす為なのです
地上生活は その選択の連続といっていいでしょう」
やっぱり自分の生き様なんだね
試されているよ 我々は常に
人生は楽しみが半分 辛さが半分
人生に長けているM氏も言われている
傲慢な自我で生きると いつまで経っても
思うように暮らせないと教えてくれているんだと
思っている
「自然界の法則は いわば神の定めた法律です
全てを網羅し 至らざるところは ありません
偶然とか偶発というものは絶対にあり得ません
全てが規制され 全てが計算されているのです
法則と調和した生活を送っていれば
病気も不快感も苦痛も生じないでしょう」
人としてすることもせず愛も与えず他人ばかり見て
生きていても思うようには ならない
見つめるのは自分
言葉に出さなくても心の中で嫌な人間に
「このバカたれ」と思ったとする^^
この時に吸う空気という磁場が体内の
がん細胞の餌になる
善玉菌と悪玉菌に影響を及ぼすというから
「意」 も超怖いんだ
愛ある思想は身体にも もちろん
良い影響を及ぼす
愛をもらって幸せにならない人間はいない
みんな今は愛は欲しい
この行為は与えるほうも与えられるほうも
幸せになれるからね
「この地球という次元は神界から地獄界までの
様相が同時に共存している
辛いことを出された分岐点 分岐点で自分が
それに対してどう対応したかでステージが
上がったか下がったかがわかる」
カルマが戻るのを悟れた
極端に怖がったところで消えない
残念だけど した行動はね
自分で引き起こしておいて怖がるのは
自己中なんだと言われている
自分にだけは辛いこと厳しいことは
起きないでほしいというエゴの思考
厳しいからね この法則は
帳尻は必ず 合わされる
良い生き方をする人が減ってきたから
今のような時世になったんだから
あちらで気がつく人のほうが多い 勿論
よく言う「閻魔大王」 これは自分の良心のことだよ
裁くのは自分だということ
ここで気が付けば儲けもの
一人でも多くの人に幸せをあげることだ
悪いことをしたと思っている以上に
自分がされて嬉しいことだけを意識して
多くの人にする 簡単な事
アッという間のこの次元
与え喜んでもらって生きるのも悪くはないよ
2021年 10月 30日 次ページへ