雑感161 |
あちらの世界
自分は どうなり どういうところに
逝くんだろう
ここが一番知りたいところだよね
少しづつ わかっているところまで
書いておこうと思う
仏教とは違う部分がわりと あるんだけど
あちらも御書はあるし微妙に宗派によって
違う部分もあるからね
まだこちらの霊界通信は読みだして
10年くらいだから
でも実際に今リアルにあちらにおられる霊達の
伝達だから 信憑性は高い
そのつもりで読んで欲しい
地上での心の姿勢が あちらでの
意識レベルも決定するとあるから
知っておこうか
ここらを更に知ったおかげで
自分を律することは出来た
因果律でも悟れていたけど こちらを読んで
本気で生き様が全てだと更にわかったから
「地上界は鍛錬を目的として設けられた世界です
こちらの世界では精神が絶対的に威力を
発揮しますので地上から持ち越した精神の質が
決定的な影響を持つわけです
心理はあくまでも頑固であり いつかは必ず
受け入れられなければ ならないものです
満足感を味わうのも不満を味わうのも
地上で送った生活次第です
死後にまとう霊的身体は その地上の
生活の中でこしらえているのです
仕事の中身と思念の性質が
こしらえるのです」
死にゆく時 良い人世だった
後悔はしていないと思える生き方を
したと思える人たちは少しは安泰だろうと読める
幽界 霊界 神界が大まかにある
神界なんかは管理人は何万年かけても
到達しない界層だろうと思っている
ここだけは穢れなき高級霊のみが住む処
転生の必要すらない高級霊たち
我欲の欠片も無い神々しい霊たち
審判の時のみこの霊たちとお会いする
自分の未熟さを感じるそうな
誰しもここで心の底から観念する
管理人自身は読んでいるうちに
霊界あたりの下の界層なら う〜んと頑張れば
大丈夫かも しれないかな と
逝くことがもし出来るのなら ここに
逝きたいとず〜っと思って生きてきた
ここにはない美しい景観を観てみたい
見送った にゃんたちと100年ほど
生活してみたい
今の生き方では まだまだ
無理かも しれないけど
自分の日々の思考 行動は
結構意識はしている
ネックになる原因がほとんど2階にいるからね(笑
小さなカルマをせっせと積む
あちらではね これは免れる
あちらは結果の世界だからね
管理人は旦那と同じ界層に住むことは
ないだろうと思っている
思考が全く違う
この辺は相入れない人間だから
見下ろしてやろうと思っている(笑
「動作も意志の伝達も みな違います
こちらでは言語を使ってしゃべることは
あまり ありません」
精神と精神の感応の世界だから
この友人とは あちらでも一緒にいたいと
思っても霊的レベルが同じでないと無理とある
まぎれていてもバレるという
逆に何もかもが同レベルは快適だろうね
本物の愛の世界になるから
あちらは物事は動機が全て
理に叶った動機であれば全て望みは
叶えられる 素敵な処みたいだよ
間違いなく ここよりは
良い生き方さえ すれば だけど
霊界通信の書籍の中にこの言葉がある
「高等な思念 良心に忠実に従ったか
低級な悪想念に流されたか
肉体的欲望に負けたか
そうしたものが総合され自然の摂理が
判断を下すのです
私が皆さんに 地上生活において精神を整え
悪感情を抑制するようにと ご忠告申し上げるのは
その為です
地上生活では それが一番 肝要であり
意義ある人生を送るための最高の叡智なのです
厄介なことに人間は地上にいる間は
そのことを悟ってくれません
大抵の人は善悪の観点でなく損得によって
判断しています
実に残念な事ですが死後の世界との関連から
残念ですまされない 可哀そうな気の毒な
状態となっていくのです」
恐ろしい言葉ではある
こちらでは当たり前であっても
あちらでは通用しないよ と
だから いつでも どこでも これからでも
ここらを意識しておこうと思っている
「精神的苦悶という みずからがこしらえた
地獄が待ち受けているのです
決済日が死後に訪れるというわけです
良心を欺いたことを自覚することは
他人にそれを知られることよりも
更に辛いものです」
今人間している間は
肉体 精神 霊(自我)の3つを伴って
生かされている
あちらに戻ったら 精神と自我のみになる
修行はここでしか 出来ない
カルマを完璧に昇華しない限りは
何度も何度もここに来る羽目になる
長い間人間して今だけが全てだと思って
みんな生きてきているからね
こんな知識に縁しない人たちは
でも帰るところが本体の実在の場所
ここは一時期来る借りの場所
そのうち嫌でもわかるから
地上界がこちらの写しなのです
肉体が食欲と性欲
幽体は情緒
霊体は知性
これが基本だという
この次元であっても常識 マナーを守り
社会貢献をし人様を大切にして生きている人なら
そこそこのポジションは勝ち取れる
これ正解だとわかるだろう
あちらと未来永劫に反映されるんだから
この言葉も恐ろしいと思った
「むろん 常に選択の自由は残されていますから
やりたいことを好き放題やって
借りは死後に清算するよとおっしゃるのなら
それはそれで結構です
今まで通りの生活をお続けになるが よろしい
しかし いったんこちらに来たら
もう それは待ってくれません
きれいに清算しなければ なりません
無分別な生活 自己中心の欲望に駆られた人生を
送った者は 死後 困難と苦悶と悲哀とが
待ち受けております
蒔いた種は自分で刈り取らねば ならないのです」
きちんと生きていないと あとは知らないよ
とでも 言われているようだ
緩くはない あちらの世界は一部一厘
寸分の誤差もない完璧な世界だから
ここよりは はるかに厳しい
それ相応の世界に住まわされる
何としてでも出されたカルマはここでクリアしておこう
あちらは辛さも何もかも増幅されるから
心配しなくてもカルマはみんな背負う
カルマを背負わない人なんていない
背負っているからここにいるんだから
あちらは幸せな人は本当に幸せになるけど
不幸な人は気の毒すぎる環境になる
時間の概念がないのが 更に辛いんだよ
当たり前にすることをし続けて今
難なく過ごせてる人は あちらに移動したら
間違いなくここより幸せになれるんだなと
少し安堵できる言葉がある
「自分の生活の場 そして愛する者が今なお
生活している地上世界との連絡を取り続けていても
もう1度地上へ再生して生活してみたいと
思った事は一度もありません」
霊になって長くなるとここにいる人たちに
コンタクトがとれるようになる
ここらは既に 色々な書籍が
それを証明している
我々が見守られているのは本当だ
あちらにいる人には わかっている
先祖供養もね
発散部屋は2009年から書いてきた
雑感は2013年から書いてきた
生き様については あらゆる頁に書いてきた
そうして生きてきたか して来なかったかは本人次第
書いても強制する気もない
本人の人生だからね
こりゃ辛すぎると思うのなら
法則に沿って生きていけばいい事だから
一つ 身 口 意だけど 想念もカルマを
創るのに一役買うよと書いた
この意味は当たりではあるけど
常に明けても暮れてもそのことばかり
意識して考えている場合の事
チラっと悪心を起こすのは問題はないよ
念にまでしてしまうと難儀なカルマに
なるのは間違いないけど
念は生霊になりやすいから
念にまでする人は既に病んでいる
普通の人は これはないよ 心配しなくて良い
身体の健康も大事だけど心の健康は
もっと大事
管理人には霊感は全くない
直感は結構当たる その程度
あちらでも心の持ち方は特に重視される
それによって更に素敵な層に逝くこともあれば
落ちることもあるという
その時にも高級霊が立ち会う
あちらには厳然なる法則があるからね
この世界とは全く違う
想念 思念は本当に大事なんだ
この時に高級霊にここでは無理だから
地上に再生しなさいと判断を下される
これが我々
このスピリチュアリズムは宇宙の法則
オカルトやホラーの世界ではない
みんなオカルトだと思っているからね
一番大切なものだよ
霊界と地上界の間で始めて暗号通信が
成功した年 それが1848年 3月31日
既に今や年月が経ち霊界通信であちらの世界の事が
かなり詳しくわかるようになり
地上界と死後の世界との間の交信は多々
証明されている
心霊研究 交霊会は昔から行っていて
多人数がここらも真実だと証明している
もう疑いようのないところまで来ているんだ
少しだけでも理解できれば良いよ
死ぬのも怖くなくなったと思う
少し安心したかな
2021年 1月 28日 次ページへ