雑感240






辛いことがあったとしても 我々はいつか

あちらに逝く



「本来は時間というのは永遠なる現在

時間には過去も未来もない」



とも言われている



これはM氏のお言葉



「どんな幸せも どんな不幸も どんな波乱万丈でも

きちんと生き抜くのが この世に生まれ落ちた

私たちの使命なのです]






この間 運気の話になった

見るからに良い運気を持っていそう

この辺はわかるよね 思考 行動を見れば





出来れば良い運気を持っている人と行動したいもの

この生き方をしたほうが

更に幸せになれる

嫌な人を我慢する必要はない






我慢は美徳のように思うかも しれないけど

黒いボールを投げ続けるようになる

投げ続けると いずれ悪い結果を受け取るのは

自分なんだから

離れて執着しないのが正解






この人といると良いことがよく起きる

楽しくなる 又会いたくなる

こういう人を目指そう







今後ますます2極化や分断化が進むと

言われているから気にしようか

資本主義社会は残念ながら

お金がないと報われないことは多いけどね







逆に貧乏神がついていそう

こちらも わかるよね 思考 行動で

たまにおられるからね

何故こういうタイプと行動しないほうが良いのか





本当は差別はしては いけないと思う人も

いるかも しれないけど

本人の生き様でそうなっている事だからね





書籍でも読めば わかるんだけど

明確な理由がある







一緒にいると悪い影響を受けてしまう

一番大きなデメリット  金運が落ちる

物事がうまくいきにくくなったり

疲れやすくなったりする

負のエネルギーはそのくらい強い






ネガティブエネルギーの強い人が一人いると

それを消してしまうのにボジティブエネルギーを

持っている人が7人で相殺できると書いた

これは 本当だとある





世の中には人を不幸にする人も

実際にいるけど

関わらなければ良いんだから







貧乏神は厄介な神様だとは言われている

家の中に不運の巣を張り巡らせてしまうと厳しい

どんどん不幸な方向に導かれる

厄災を呼び込み財産を食いつぶす

お金を使わせたい神様だからね






貧乏神に憑りつかれている人が大金を

手にいれたとする

湯水のごとく自分の為に使わせてしまう




この時に福の神になつかれていたら

そのお金は他者のために使い

他者を喜ばせいずれ冨を更に手に入れる






よく見る描かれている絵は痩せこけて

みすぼらしいご老人に見えるけどね

女性という説が 正しい

涅槃経ではそう説いている






幸福と不幸は実は表裏一体

福だけを求めると間違いなく貧乏神が働き

福の神は良い働きをしてくれない

どちらも大事にしないといけない神様





貧乏神も福の神も大事にする人が豊かになれる人

苦労を嫌い一足飛びに豊かにはなれない

貧乏もし苦労もし人としてすることをして

やっと福の神もお出ましになる







何もせず福の神だけを求めても無理なんだ

貧乏になる人は貧乏神だけを追い出そうとする

すると福の神も一緒に居なくなる






苦労を厭わず逃げず 前向きに取り組み

物も人もお金も大事にする人が豊かになれる人

お金も循環さすことが出来る人が豊かになれる人






以前にも書いているんだけど

自分の為だけに使いたい人が貧乏神が寄る人

相手の為に使いたい人が福の神が寄る人





この人は人でなく人間であり人の為に

なることばかりしていると福の神が思ってくれると

更に応援をしてくれる

他人に更に善根を積めるように





だから今貧乏神に懐かれていても

今後の生き様で福の神に懐かれることもある

心配する必要はない

気長に人の喜ぶことのみし続ければ良い






儲けよう は実は突き詰めると奪う思考

ビジネスはこれは 当たり前なんだけど

相手に利を与えて喜んで貰うと

儲けようでなく儲かったに結果なる





相手を常に喜ばせないと永続的な

利は受け取れない





お金は気持ちよく出さないと戻らないし

もったいない精神でも戻らない





貧乏をしていたとしても 全ての家に

貧乏神だけが居座るわけでもない

勿論 福の神も一緒に居る

お掃除すらもせず心まで貧しい生き方をすると

貧乏神が前に出やすい





お掃除しないといつか邪気まみれにもなるからね

邪気は他人にも勿論 感染する

広範囲に広がるから難儀なんだ この気は

のどや頭が痛くなり体調を壊しやすい

家というのは良い気をチャージするところ

清浄にしておくのは大事





心の隙間 体の隙間に邪気が入ってきて

いつか精神を不安定にしてしまう




何でこんな神様がいるんだろう 思うよね

貧乏神は人に気づきを与えるために

存在するとも言われている必要な神様

暗闇天とも言われる






気がつくまで不幸のどん底までおとされる

これでは駄目だと気がつき生き方を

変えるまで





逆に福の神 吉祥天と言われ貧乏神の姉

この神様もお金持ち全ての家に鎮座

するわけでもない

心が豊かで感謝し人の喜ぶことが出来ないと

いなくなる





貧乏神と福の神の関係性 姉妹と

言われている

実は「「福」と「貧乏」は表裏一体の神様 

セットになっている





福の神がお金をもたらしてくれた

自分のためだけに湯水のように使うと

今度は貧乏神が前に出てくる

思考 行動でどちらの神様になつかれ暮らすのか

バランスの問題






「禍転じて福となす」





辛いこと嫌なことは起きて当たり前

どう対処するかを見られるんだ





何でもそうなんだけど お金だけでなく

相手を喜ばせないと永続的には

幸せや富は手に入らないように なっている






これからは自分の知識 甲斐性で更に生活を

確立させる必要はあるけど少しだけ

頑張れば良いよ

今までだって頑張ってきているんだから






幸せに生きている人は有るものに焦点を

合わせて生きている

だから感謝が出来る





不幸だと思いながら生きている人は

無いものに焦点を合わせて生きているんだと

思うよ




よ〜く見回せばあれもある これもある

筈なんだけどね

辛いときは見えにくいかも しれないけど

この辺の意識を変えるだけでも少し楽になれる






他人よりも自分のことを意識して見ようね

ちゃんとする事が出来ているか

思うようにならないと思っている人は

自分の事が見えていないと思うよ






政治は確かにゴテゴテ

国民の不満が噴き出した結果

愛のない政治をしてきたからね






人はね 悪いことをする生き物なんだ

全員が全員ではないけどね





悪いことをした人間がもし愛を持って

普段から人の為になることばかりし

常に与え喜ばせて生きていたら

その人間を許せる人のほうが多いんだよ




日々の行いで人徳を積み上げている人にはね

持っていなければ そのポジションから

弾かれるのは 当たり前







悪いことしても許して貰える人間と

許して貰えない人間との差はここら





常に相手のことを考え喜ばせていたら

大きな問題にまでは ならない

これだけ してくれているんだから許すか

こんなものなんだ 人って

ケチると何でも代償は大きい








愛なく選民意識を持ち人を見下し好き勝手に

生きてきたつけ

この生き方では もう許してもらえない

人は何でも失くさないと気がつけない






それでも半数弱の人達が投票していなかった

諦めているのか面倒くさいのか

どうしてくれてもいいよ と同じ意味だけど

することはするべきだと思う

でないと文句すら言えない





もうこういう時代 流れはゆっくり変化している

今苦しくても誠実に愛を持って生きてきた人達は

報われる時代になるんだろう





影日向なく出来ることをしてきて先に

展望が見えるのは大きいからね

いずれ良い果実を受け取れる

楽しみに待とうか




2024年 11月 4日   次ページへ




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